大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成7年(ワ)409号 判決

原告

矢野進一

ほか二名

被告

山本雪彦

主文

一  被告は、原告矢野進一、同矢野林太郎、同井上章子に対し、各金四四六万九一三〇円及び内金四〇六万九一三〇円に対する平成六年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告らに対し、それぞれ金七六〇万円及び内金六九一万円に対する平成六年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を各支払え。

第二事案の概要

一  本件は、普通貨物自動車が横断歩道上を横断中の歩行者を跳ねて死亡させた事故に関し、その遺族である原告らが、同車の所有者かつ運転手である被告に対し、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条に基づき、損害賠償(一部請求)を求めた事案である(付帯請求は本件事故日の翌日からの遅延損害金)。

二  争いのない事実

1  次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 平成六年五月二五日午後七時四〇分ころ

(二) 場所 兵庫県相生市竜泉町二二六番地の一先路上(国道二号線、以下「本件事故現場」又は「本件道路」という。)

(三) 事故車 被告の所有・運転にかかる普通貨物自動車(姫路四四と七〇二六、以下「被告車」という。)

(四) 事故態様 矢野八代榮(以下「八代榮」という。)が本件事故現場の横断歩道上を南から北へ横断中、東から西に走行してきた被告車に跳ねられて死亡したもの

2  原告らは、八代榮(大正六年一一月一八日生、本件事故当時七六歳)の子である。

3  責任原因

被告は、被告車の所有者であり、本件事故時、自己のため同車を運行の用に供していた。

4  損害のてん補

原告らは自賠責から入院雑費八〇〇円及び文書料金四一〇〇円を除外した一九二一万円の支払いを受けている。

5  相続

八代榮は、本件事故により死亡したため、原告らは、いずれもその子として、本件事故により八代榮に生じた損害賠償請求権を法定相続分に従い相続した。

三  争点

1  過失相殺

(被告の主張)

八代榮は、夜間幹線道路を横断するに際し、左右の安全確認を怠つた過失があるので、相応の過失相殺がなされるべきである。

2  損害

(原告の主張)

(一) 逸失利益 金一五七六万六五九五円

(1) 主婦としての稼働利益喪失額 金七四四万二七八九円

八代榮は、本件事故当時、七六歳の健康な主婦として家事に従事し、本件事故時から少なくとも五年間主婦として稼働することができたものであるから、右逸失利益を金銭評価すると、平成六年度の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者学歴計六五歳以上の平均賃金に生活費控除を四割としてホフマン方式により中間利息を控除して計算すると、七四四万二七八九円となる。

(2) 厚生年金保険喪失額 金八三二万三八〇六円

八代榮は、本件事故当時、年額一六一万五〇〇〇円の厚生年金保険の遺族厚生年金を受給しており、平均余命の一一年間(平成四年簡易生命表)は右金額を受給し得たから、生活費控除を四割としてホフマン方式により中間利息を控除して計算すると、八三二万三八〇六円となる。

(二) 死亡慰謝料 金二三〇〇万円

(三) 葬儀費用 金一二〇万円

(四) 弁護士費用 金二〇七万円(原告らそれぞれにつき六九万円)

(被告の主張)

厚生年金保険法に基づく遺族厚生年金は、稼働能力に無関係であること、受給者の生活保障を目的とすること、したがつてまた一身専属的であることから、その逸失利益性は認められない。

仮に、逸失利益性が認められるとしても、右年金が受給者である八代榮の生活保障を目的としているものであり、その大部分は八代榮の生活費に充てられるものと考えられるから、逸失利益を算定するに際し、生活費の控除率を通常の場合より大きくとるべきである。

第三争点に対する判断

一  争点1(過失相殺)について

1  被告は、八代榮には夜間幹線道路を横断するに当たつて左右の安全確認を怠つた過失があると主張するので以下判断する。

前記争いのない事実及び証拠(甲二、乙一の1ないし43)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、周囲が市街地である国道二号線西行車線の横断歩道上(以下「本件横断歩道」という。)である。本件道路の状況は、車道幅員六・八メートル(片側一車線で車線幅員各三・四メートル)のアスフアルトで舗装された平坦な道路(本件事故時は晴れていて路面は乾燥していた。)であり、南側には幅員二・一メートルの歩道、北側には幅員一・四メートルの路側帯があつて、障害物等もなく、進路前方の見通しは良好であつた(なお、本件道路には時速五〇キロメートルの速度制限がされていた。)。また、本件横断歩道は、横断歩道及び停止線の標示がある信号機のない横断歩道であり、その東側歩道上に水銀灯と燈火式の横断歩道標識が設置され、夜間でも本件事故地点から東側約六〇メートルの位置から横断歩道の所在及び横断歩道上の状況が見通せる状況にあつた。

(二) 被告は、本件事故発生時である午後七時四〇分ころ、被告車を運転して、本件道路の西行車線を時速約五〇キロメートルで進行中、道路左方のネオンに気をとられて脇見し、前方注視が不十分のまま進行したため、本件横断歩道を左方(南)から右方(北)に横断中の八代榮を前方約一二・五メートルに至つて初めて発見し、急ブレーキをかけたが及ばず、同人に自車右前部を衝突させて路上に転倒させ、脳挫傷により死亡するに至らしめた。

(三) 被告は、右運転の際、呼気一リツトルにつき約〇・七八ミリグラムのアルコールを身体に保有する酒気帯び運転をしていた。

2  以上の事実を前提に検討するに、そもそも本件横断歩道は、交通整理の行われていない横断歩道であり、車は、横断歩行者のないことが明らかでない限り、当該横断歩道の直前で停止することができるような速度で進行しなければならず、横断中あるいは横断を開始しようとする歩行者があるときは、当該横断歩道の直前で一時停止し、その通行を妨げてはならない(道路交通法三八条一項)のであるから、原則として歩行者の過失を問題にすることはできないこと、本件においては、被告は、夜間ではあつても、被告車で本件道路を進行するに当たり、脇見運転をせず、前方を十分に注視していれば、本件事故は容易に避けられたと推認できるから、本件事故は、被告の前方不注視の過失により惹起されたものと認められること、被告は、本件事故時、酒気帯び運転をしていたこと、本件道路は、車道と歩道の区別はあるが、車道の幅員が六・八メートルであるから、過失斟酌の対象として想定される幹線道路(車道幅員が概ね一四メートル以上)には必ずしも当てはまらないこと、八代榮が七六歳の老齢であること等を考慮すれば、本件事故は、被告の一方的過失によるものであり、八代榮に過失があつたとは認められない。

よつて、被告の過失相殺の主張には理由がない。

二  争点2(損害)について

1  逸失利益

(一) 前記争いのない事実及び証拠(甲四、五の1、2、六、乙一の26)によれば、八代榮は、平成三年一〇月二日に夫矢野春夫と死別した後、兵庫県相生市竜泉町二八七番地で次男の原告矢野林太郎と二人で暮らしていたこと、本件事故当時、健康な七六歳の女子であつて、平成四年簡易生命表によれば、その平均余命は一一・五六年となること(顕著な事実)、原告林太郎は、本件事故当時五〇歳であつたが、その二年程前から肺を患つて右住居地で自宅療養中であり、八代榮が家事全般を行つていたこと、八代榮は、厚生年金保険の遺族厚生年金を受給しており、平成六年四月から改定された年額一六一万五〇〇〇円を同年六月から支給されることになつていたことが認められる。

(二) 主婦としての稼働利益喪失額

八代榮の死亡当時の家事労働を金銭的に評価すると、平成六年度の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・女子労働者学歴計六五歳以上の平均賃金である二八四万二三〇〇円(顕著な事実)を下回らないものといえる。そして、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、八代榮は、家事労働を本件事故時から少なくとも五年間行うことができたと認め、生活費控除を四割と認めるのが相当である。

(三) 厚生年金保険喪失額

厚生年金保険の遺族厚生年金については、受給者の死亡による逸失利益性を肯定されるべきものと解されるところ(最高裁平成五年九月二一日第三小法廷判決参照)、前記した八代榮の平均余命等を考慮すると、八代榮は、本件事故後、一〇年間にわたり、少なくとも右金額の遺族厚生年金を受給することができたと認めるのが相当である。

ところで、遺族厚生年金が主に当該受給者の生活保障を目的とするものであり、支給額もかかる観点から決定されていることに加え、八代榮の年齢、家族状況等の諸事情を総合考慮すると、八代榮は、支給された右金銭の大部分を自己の生活費に費やしたものと推認されるから、生活費控除率は八割と認めるのが相当である。

(四) 以上を前提にして八代榮の逸失利益をホフマン方式により中間利息を控除して算定すると、次の計算式のとおり、主婦としての稼働利益喪失額七四四万二七八九円、厚生年金保険喪失額二七七万四六〇二円の合計一〇二一万七三九一円となる(一円未満切捨て。以下同じ。)。

主婦としての稼働利益喪失額

2,842,300×(1-0.4)×4.3643=7,442,789

厚生年金保険喪失額

1,615,000×(1-0.8)×8.5901=2,774,602

2  死亡慰謝料

本件事故態様、八代榮の年齢、家族状況等の諸事情を考慮すると、慰謝料としては、二〇〇〇万円が相当である。

3  葬儀費用

本件事故と相当因果関係にある葬儀費用としては、一二〇万円が相当である。

4  以上の損害を合計すると三一四一万七三九一円となるが、前記したとおり自賠責から一九二一万円の填補を受けているから、右金額を控除すると、一二二〇万七三九一円となる。

原告らは、八代榮の死亡による損害賠償請求権を法定相続分に従い相続したのであるから、原告らの各取得額は、それぞれ四〇六万九一三〇円となる。

5  弁護士費用

本件事案の内容、認容額等一切の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のなる弁護士費用相当額は、原告らそれぞれにつき、各四〇万円の合計一二〇万円とするのが相当である。

三  結論

以上のとおり、原告らの請求は、原告らに対して各金四四六万九一三〇円及び弁護士費用を除いた内金四〇六万九一三〇円に対する本件事故後である平成六年五月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木信俊)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例